葬式でのマナーと常識あなたは知っていますか?
[PR] 葬儀のご相談はAlpha Clubまで冠婚葬祭のマナーのなかでも、最も気をつけるべきなのが「葬」のマナーではないでしょうか。結婚のようなおめでたい場面では、多少のマナー違反があっても好意的に受け止めてもらえるのですが、葬儀という哀しみの席では、ご遺族にも、不快感を与えないことが大切です。
葬式(葬儀・告別式)、通夜のマナーは知っておけば、いざという時にとてもにも慌てず対処でき、ある程度の年齢なら知っておかなければ常識のない人だと思われてしまいます。
しかし葬式「葬儀・告別式・通夜」は、多くの場合、それほど頻繁にあるわけではありませんので、葬儀のマナーや礼儀、葬儀の常識を知らない・または記憶忘れで思い出せない人が多いようです。
葬儀は亡くなった方へご冥福を祈る最後の別れの儀式です。昔からまことしやかに伝えられている常識や作法、しきたりといったものが数多く存在します。細かいマナーや役割があり、知っていないと恥ずかしい思いをすることになります。葬儀の流れや段取り、葬儀マナー基礎知識、葬儀の服装などについて紹介しています。葬儀とは弔う為の儀式です。しっかりとした葬儀でのマナー、葬儀の基礎知識を得ることで、急な知らせが届いて、葬儀に参列するときでもあわてずに対処していきましょう。
当サイトでは葬儀・葬式の基本的な部分を解りやすく説明していますのでお役に立てればとおもいますので、是非ご利用ください。
※葬式「葬儀・告別式・通夜」などの冠婚葬祭は、地域による慣習、個人の考え方や、葬儀の種類によってもマナーや礼儀が異なる場合がありますので、あくまでも参考程度に当サイトをご活用ください。
危篤の知らせを受けた時
親族や知人の危篤の知らせを受けたら、できるかぎり駆けつけるようにしましょう。ご家族がひと目だけでも と対面を望んでいる思いがあるからなのです、ご自分の状況が許せる範囲で葬儀に駆けつけるようにしたいものです。
危篤知らせを受けた時のマナーと心構え
危篤の知らせを受けた際には、容体を詳しく聞くよりも、入院先を確認するだけにとどめましょう。派手な服装は避け、平服(普段の服装)でかまいません。見舞金や品等を用意して行くのはかえって不自然であり、失礼にあたります。本人と対面後、家族の方にも容体や経過を詳しく尋ねることはせず、「お力を落とさぬよう」声をかけ、長いはせず早めに失礼した方がいいでしょう。
遠方の時
遠方の場合、万一に備え喪服、宿泊が必要な場合はその宿泊先の準備もしておきましょう。ただし、先方に気づかれないように持参し、必要であれば駅のロッカー等に預けておくなどの気遣いが必要です。
訃報を受けた時
直接、ご遺族から訃報を受けたときは、なるべく早く弔問に伺うようにして手伝えることがあるかを申し出るなど遺族を支えてあげましょう。
訃報を受けた時:近親者の場合
一刻も早く駆けつけ故人と対面してください。服装は、地味なものなら普段着でも構いません。遠方の場合やそのまま残って葬儀を手伝う場合は喪服等の準備を用意しておきましょう。
訃報を受けた時:友人・知人の場合
遺族から直接連絡を受けたのであれば御遺族が対面を望んでいるものとして受け止め、自分の時間の許せる限り、弔問に伺います。すぐに駆けつけられない場合は、すぐ弔電を打ちましょう。
訃報を受けた時:近隣の知人の場合
近隣のなかでも特に親しくしている場合は、すぐに弔問します。また手伝えることがあるかどうか、近所として葬儀の手伝いを申し出ます。
訃報を受けた時:会社の同僚の場合
訃報を受けた人は、弔意を伝え、葬儀の日時や場所・形式を伺い、まだ決まっていない場合は葬儀の時間や場所が決まったら連絡をいただけるように伝えます。職場の同僚や上司などに連絡し、弔問します。
なぜお葬式をあげるの?
なぜ人はお葬式をあげるのか?と普段考えることはなかなかないことかもしれません。しかし、ふと考えてみると、お葬式にはいろいろな意味合いが含まれているのです。
1. 心理的観点
死とは不条理なもので受け入れにくいものですが、どこかで気持ちの見切りをつけ決別をしなくてはいけない。その気持ちの区切りの儀式として行う。
また、別れに際して何かをしてあげたという心の拠り所として。
2. 宗教的観点
死者の霊をなぐさめる意味の儀式として行う。
3. 物理的観点
ご遺体を火葬(土葬)することで、視覚的に去りゆく者との決別を行う。
4. 社会的観点
死亡届けを出すなどの一連の行政手続きによって、社会の中で生きていた者が、社会の中から消え去った手続きを行う。
近年、価値観の多様化、宗教ばなれ、メディアの影響や、諸事情があって、無宗教形式や火葬のみ(荼毘葬)で見送られる方も増えてきました。
それらは、故人の遺志であったり、よくよくのお考えや、状況を鑑みてのことだと思われますので、一概にはいえるものではありませんが、どんな形でもお葬式をあげることで、一つの心の区切りになり、故人に最期にしてあげれたと、自分の心のどこかに納得させられるものとして理由付けができるものがお葬式であることもまた事実です。